芥川賞(2025年春)2作品読みました。

書籍

2024年秋も芥川賞作品を読みましたが、今回も「文藝春秋」を購入して読みました。2作品とも力作だと思いました。

鈴木結生「ゲーテはすべてを言った」内容紹介

私の好きなタイプの小説です。

レストランで紅茶のティーパックがあるのですが、そこに恋愛に関する名言がそれぞれ書いてあります。主人公が取ったティーパックのタグにはゲーテの言葉がありました。

love does not confuse everything, but mixes.

『愛はすべてを混乱させることなく混ぜ合わせる』(娘訳)

『愛はすべてを混淆せず、渾然となす』(主人公訳)

しかし、ゲーテ研究者である主人公は、この言葉を知りません。以前ドイツ留学していたときにドイツ人から聞いたセリフを思い出します。

ゲーテはすべてを言った

ゲーテは、あらゆる分野に長けているので、どんな言葉でも「ゲーテ曰く…」と言えば、本当になるというものです。「きっとゲーテはこのセリフを言っているのだろう」と思うのですが、学者である主人公は、その出典を探します。

この言葉を探すというのが、ミステリーぽくって良いです。文章のいたるところに巨匠の名前や言葉が散りばめられていて、文学好きにはたまらないです。さまざまな名言が出てきます。英語、ドイツ語、フランス語の文もあって、語学好きの私は、とても嬉しいです。やはり、大切な言葉は原文で理解したいですね。

ゲーテとはどんな人物?

作者がインタビューで「ゲーテは『ひとりの人間がありとあらゆる知識を持つことができる』という幻想を持つことができた最後の人だと思います。」と言っているように、あらゆる分野に精通しています。

詩人、小説家、劇作家、政治家、法律家、自然科学者、博学者(色彩論、形態学、生物学、地質学、自然哲学、汎神論)

代表作は「ファウスト」

私は「若きウェルテルの悩み」しか読んだことがなく、それも理解できなかったです。

「名言」の限界

内容の所で紹介したゲーテの言葉ですが、娘と主人公では訳が異なります。しかも、タグは英語なので、その元となっているドイツ語はどういう文章なのでしょうか?外国の名言は訳す人によって、内容が微妙に違います。

また、名言はある文章の一部分を取っていることもあり、全体を見たときに、意味が変わることがあります。この小説でフロイトの詩が紹介されていました。

Two roads diverged in a wood, and I-/I took the one less traveled by,/and that has made all the difference.

たまに卒業式などで引用されて「フロイトは、他の人があまり進まない方の道を選んでチャレンジした!」と励ましていますが、全体の詩を読むと解釈が異なるということなので、全体の詩を調べました。

詩の題名は「The road not taken」で、選ばなかった方の道に思いを馳せている詩です。長い詩なので、全部は写しませんが、直前の部分はこうなっています。

I shall be telling this with a sigh  Somewhere ages and ages hence:

ため息をつきながら、昔を振り返っています。詩の前半では、「2つの道に大した違いはないけれど」と言っているので、特に難しい方の道を選んだわけでもなさそうですね。「人は時にどちらかを選ばないといけない時があって、どちらかを選ぶと、もう片方は選べない。違う人生になる。あの時別の方を選んでいたらどうだったかなあ…」という内容かと。

最後の3行を見て、「これは使える!」と誰かが思い、それに人々が乗っかったのかな。名言ってそういう部分があるかもしれません。それが良いか悪いかは個人の判断ですが。

安堂ホセ「DTOPIA(デートピア)」内容紹介

タヒチ島の少し上に位置するフランス領ポリネシアのボラ・ボラ島で、1人のヒロイン(ミス・ユニバース)を巡って繰り広げられる10人の男性の恋愛リアリティ番組が始まります。10人の男性は10の国から選ばれていました。このミス・ユニバースが強烈で「時間を無駄にしたくないので、まず全員と試します。」と言い、裸体になります。インパクト強いです。

やがて、失格者2名が出ますが、その時、参加者の追加があります。15人の若者たちが追加されます。最初の10人は白人(+日本人)ばかりだったのですが、今回の追加はバラエティーに富んでいました。

その中に小説の語り手「モモ」がいました。Mr.東京「キース」の昔の友人です。

ここから昔話になるのですが、「モモ」と「キース」の人物紹介と思いきや、かなり長いストーリーで28ページもあります。本当はこちらがメインなのかなと?と思うほどです。

デートピアの話に戻って、17ページで小説は終わりました。

人種のマイノリティー、性別のマイノリティー、国のマイノリティー…さまざまな問題が散りばめられていて、食し気味になってしまいます。でも、エネルギーのある小説で、そのエネルギーでいっぱいいっぱい詰め込んだのだと思いました。

他の3作品

作品を読んでいないので、「芥川賞選評」からの抜粋になります。

竹中優子「ダンス」

主人公と「下村さん」との馴れ馴れしさとよそよそしさの中間あたりで「ダンス」しているかのような距離感でのやりとりが描かれています。

永方佑樹「字滑り」

漢字やかなが発音・表記できなくなる現象が描かれています。「字滑り体験モニター」が文字と化します。

乗代雄介「二十四五」

弟の結婚式を軸に親族間の微妙な関係、亡き叔母への思慕が語られる心理ドラマです。

芥川賞選評

候補作5作のうち「ゲーテはすべて言った」を一推しした審査員と「DTOPIA」を一推しした審査員がいました。

DTOPIA」は荒削りながらも感じる熱量が評価されたのでしょうか?

ゲーテはすべてを言った」は、あふれる博覧強記、世界文学と現代社会、真摯に文学と向き合う姿勢、構成力など…が評価されたのでしょうか?

8名の審査員がそれぞれ違うことを言っているので、評価の基準は難しいですね。

字滑り」を一推しした方が2名、「二十四五」を一推しした方が1名おられました。「いずれも高いレベル」と言い、どれを推していたのかがわからない方もいました。

総合的にこの2作で決まりなのでしょうが、今後どんな良い作品が出てくるのか、この5名、どの方もこれから期待できそうという印象を受けました。

受賞者インタビュー

小説を読んでからインタビューを読むと作者のことや小説の内容がとてもよくわかります。

鈴木結生

23歳、大学院生」って本当ですか?小説の内容からかなりの高齢者と思っていました。登場人物の性格も穏やかだし、小説の内容も落ち着いていて、研究を極めている学者のような人だと思っていましたが、なんと若い!

そして専門分野は英文学って本当ですか?てっきりドイツ文学だと思っていました。研究しているのはシェイクスピアだそうです。デビュー作ではトルストイに取り組んだそうです。そして今回はゲーテ。ゲーテは「ファウスト」しか読んだことがなかったので、小説の題材とするにあたって、すべての作品を読んだそうです。そして、小説の中に出てくる主人公の書いた本は、実際自分で書いてみたそうです。かなりの研究量・読書量です。

安堂ホセ

名前や扱っている内容からミックス(この言葉、今回初めて知りました。昔はハーフ、最近はダブルと言っていたのですが、よく考えるとルーツが3つ以上の人もいるわけで、ミックスとはよくできた言葉ですね。)なのかなと思うのですが、それについては語りません。生まれは東京のようなので、国籍は日本だと思います。

過去の作品「ジャクソンひとり」「迷彩色の男」の主人公は、ともにブラックミックスのゲイの男性。そこから、主人公のモデルは作者自身かという憶測も生まれるのですが、それについても語りません。「知りたいからって、聞いていいとは限らない。聞いたことは答えてもらえるとは限らない。」ということだそうです。

彼については作品の中にその主張を見ていくのがいいと思います。

「底抜けした世界が欲しかった」と彼は語ります。東京で通用しているような差異が、ものすごく小さくなって、全然気にならなくなるぐらいの世界が欲しかった、と。多くの内容を詰め込んで、それでも1つの小説に収まりました。

マイノリティの視点の小説は少ないので、彼はマイノリティの視点の小説を書きます。その中でもバリエーションを増やして、挑戦をしていきたいそうです。

終わりに

年に2回芥川賞の発表があり、だいたい2作品選ばれています。選ばれる作品には、インパクトが必要です。

DTOPIA」は、インパクト強いです。でも、私はしんどかったです。暴力的な部分もあったので。「暴力」から「暴」を取りたいとキースは言っていましたが、取れたかどうかはよく分からなかったです。ミス・ユニバースのいきなりお試しは、現実にはあり得ないと思いました。結局優勝したのはテクニックが最低のMr.東京(キース)だったのですから、意味なかったと思うのですが。でも、あり得ない現実を書くのが小説なのだから、それでいいのかもしれません。マイノリティーの視点はとても感じました。

「ゲーテはすべてを言った」は、構成もうまく、膨大な文学研究に納得しました。審査員にしたら、登場人物がみんな良い人で、インパクト弱かったそうですが、私はこのぐらいのインパクトで良いです。名言については目からウロコでした。名言を見直してみたいと思いました。

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